初めての旅。タイへ逃亡
大学3年の2月、春休み。
3月に就職活動が(名目上)スタートするというのに、僕はバンコクにいた。
人生初の海外だ。
高校時代の友人と二人でバックパックを背負い、約1週間タイを歩き回った。
タイに決めたのは、なんとなくバックパッカーデビューを飾るのによさげな気がしたから。
友人がいったことがあるというので心強かったし、就職活動を目前にしながら自分のやりたいことが見つからず、漠然と何かを求めていた。
押し寄せる焦燥感から逃げるように僕はタイへ行き、毎日昼からビールを飲む悠々自適な初の海外旅行を満喫した。
初めて見る街の景色、異国の文化、歴史ある建造物、広がる大自然、
目の前のすべてに感銘を受け、感動汁ダダ漏れつゆだく状態。
「旅って、超いいやん。」
何も深く考えず、ただただ大満足で帰国。
余韻に浸る間もなく空港から合同説明会へ向かった。
異国の匂いはまだ、体にまとわりついていた。
就活、失敗
やりたいことを求めてタイにいったにも関わらず、完全に慰安旅行になってしまった。
感じたことはたくさんあったはずなのに、就職活動の波に飲まれ整理もできないまま時は流れた。
しかしそれなりに様々な会社を知り、人と話していく中で、自分の気持ちもようやくわかってきた。
自分は、子どもの笑顔を作りたい。
タイのど田舎で出会った、楽しそうに遊ぶ幼い兄弟や、ナイトマーケットで働く少女を思い出す。
「サークル時代にもイベントとかちょいちょい企画してきたし、人とか喜ばせるの、なんか好きかも」
そんな一反木綿ばりに薄っぺらい志望動機で玩具業界を中心に受け、あっけなく敗退。
途方に暮れたあげく、またも就活から逃げるように、当時所属していたバレーボールサークルの大会へ出場を決めた。
バレーの練習に打ち込みながら細々と就活を続け、唯一もらった小さな旅行会社の内定を一瞬で承諾し、強引に就職活動に終止符を打った。
心の声に気づいた、東南アジアの旅
就職活動とサークルの大会をほぼ同時に終え、大学4年の夏休みに二度目のバックパックへ行った。
今度は、一人旅だ。
とかっこよく言ってみたが、前回タイ慰安旅行にお供してくれた友人が先にタイで待っているということで、合流するまでの往路一人旅と、お別れしてからの復路一人旅だ。
「有名な場所を周るだけでなく、自分から現地でアクションを起こしたい」
前回ただの観光になってしまい、受け身だったことを反省。より一層の濃さを旅に求めた。
現地の子どもたちとバレーをして帰ってこよう。
10年やってきたバレーボールなら、僕にもできるかもしれない。
ちっぽけな目標とバレーボールをバックパックに詰め込み、一人旅立った。
タイで友人と合流し、バックパッカーの聖地・カオサン通りで友人の友人と初めましての挨拶。
異国の地の陽気な空気が、人見知りの僕の背中を押してくれる。すぐに打ち解け、酒を交わしながら遅くまで笑って過ごした。
次の日、別の初対面のメンバーと陸路でカンボジアへ。
宿で出会った世界一周中の高校生も仲間に加わった。
日本にいたら出会わなかったであろう人たちと、「海外で出会った」という理由で共に過ごす。
不思議な気持ちで、アンコールワットの背後から顔を出す美しい朝日を拝んだ。
偶然宿で話した人が村の小学校でボランティアをするということでついていき、念願の「カンボジアの子どもたちとバレーボール」という目標をすんなり達成。
みんなでバンコクに陸路で戻ったあと別れを告げ、一人でベトナムのホーチミンを訪れたのち、帰国した。
漠然とした何かを求めていた初めての旅とは違い、初対面の人と異国の地を歩き、明確な目標を(たまたま)達成し、実際に子どもたちとのふれあいを経験したことでの満足感は何倍も濃かった。
物質的には豊かでも幸福度は低いといわれる日本と比べ、決して裕福な生活ではなくても幸せそうにみえたカンボジアの子どもたち。
「いつかこの子たちのために働けたらなあ」
子どもたちのために働きたいという夢は、一度諦めたはずだった。
二度目の旅で得た、心の底から湧き上がる本当の思いに蓋をするように、僕は楽しかった思い出に浸った。
「まずは、決めた場所で力をつけて、いつか本当の夢を追いかけよう」
唯一の内定先を蹴り、今すぐ夢を追いかける勇気なんて、このときの僕にはなかった。
そして、インドへ
卒業が目前に迫った大学4年の2月。
一度は志した玩具業界を諦め、またいつか夢を追いかけようと決めたものの、僕はもやもやしていた。
本当にこのままでいいのだろうか。
就活から逃げ、夢を諦め、それでもいつか叶うだろうと淡い幻想を抱くどうしようもない自分を変えたい。
そうだ、インド行こう。
訪れると価値観が変わると言われている、インドへ。
そしたら自分も、変われるかもしれない。
そして僕は、インドへ行った。
インドは、想像を遥かに超えたカオスな場所だった。
今まで自分が常識としていたものは何一つ通用しない。
汚れた空気に毒されたように、ひっきりなしに声をかけてくる客引き。
道を埋め尽くす車と鳴りやむことのないクラクション。
そこら中にいる野良牛と野良ヤギと糞。
時間通りにくる気0、数時間遅れが当たり前の電車。
ほぼすべての食べ物が、カレー味。(上手い)
四方八方から押し寄せてくるのは、僕が求めていた刺激だ。
毎分毎秒が衝撃の連続。
最終日には、知り合った自称バングラデシュ人のおじさんに睡眠薬を飲まされ、まんまと金を騙し取られて死にかけたりもした。
そんな漫画のような体験をしながらもインドを横断しきって、何とか生きて日本に帰りついた。
すると、今までなんとなくもやもやしていたものが、すーっと晴れていった。
「なんや、おれ、生きてるだけで超ハッピーやんけ!!!!」
生きていれば、人生何とかなるんだし、人類みな幸せになりたまえ。
マザーテレサが憑依した僕は、ハッピーな気持ちのまま当たり前の日常に吸い戻されていったのだった。
就職、のち、退職
大学を卒業し、僕は就職した。
研修が始まったと同時に、僕はいきなり気づいてしまった。
「これ、おれのしたいこととまっっったくちゃうやん!!!!??!?!!?」
愚かすぎて笑えないレベル。
がしかし、僕は大真面目に絶望し、号泣し、悩み苦しみ、そして決断した。
(この間の葛藤はまた別に詳しくまとめるつもり)
「辞めよう。」
自分の諦めた夢が、本当に人生をかけてやりたいことなんだということ
自分にとって、本当にやりたいことをやることが一番幸せなんだということ
就職して初めて、僕は気づいたのだった。
そして僕は働きながら勉強し、大学院を受験した。
退職し、合格し、4年ぶりに実家に帰った。
文字にするとあっけないが、本当に長く苦しい期間だった。
旅にいっても、何も変わらない
今まで書いてきた通り、僕は三度海外を旅した。
その全てで、僕は同じ過ちを犯している。
それは、「旅に何かを求めていた」ことだ。
旅をすれば、やりたいことが見つかるかもしれない
旅をすれば、もやもやが晴れるかもしれない
旅をすれば、新しい自分に変われるかもしれない
旅に求め、旅に期待した。
実際に旅先では多くの刺激を受け、感動を味わった。
でも、そこには、何もなかった。
そこにいたのは、何もない自分。
帰ってきても、何も変わろうとしなかった自分。
仕事を辞め、地元で始めたアルバイトからの帰り道。
歩きながら夜空を見上げ、ふとインドでのたくさんの出来事を思い出した。
そして、ようやく気付くことができた。
旅は、自分が変わる「きっかけ」を与えてくれたにすぎず、
自分を変えていくのは、「自分」だけだということに。
自分を変えることができるのは、非日常での体験ではなく、日常の積み重ねなのだ。
「考える」ということは、「感返る」ということだとどこかで聞いたことがある。
感じたことに立ち返ることでこそ、その経験を蓄積できるということだろう。
行動することによって感じることがあり、感じたことに立ち返ることによってようやくそれを自分のものにできるのだ。
確かに今までの自分は、「旅に出る」という行動を起こし、そこでいろんなことを感じてきた。
しかし、ろくに振り返りもせず、「あーまじすごかった~超楽しかった~」と感じたことを感じたままで終わらせ、せっかく起こした行動を台無しにしていた。
激動の1年を過ごし、少し落ち着いた今だからこそ思えるのかもしれない。
僕は、自分を変えるためにインドへ行った。
でも、何も変わらなかった。
今までの人生、その瞬間瞬間では一生懸命生きてきたつもりだった。
でも、やり方、考え方、決断、いろんなことを間違えてきたのかもしれない。
インドへ行っても変われなかったかもしれない。
それでいい。
それでいいんだ。
変われなかったこと、間違えてきたことを思い返して、これからだって変えていけることに気づいたんだから。
よかったこともだめだったことも、まるごと受け入れて、前に進むしかないのだ。
インドは僕を変えてはくれなかったけれど、
僕は僕の生きる道で、これからの僕をつくりあげていける。
そう思うことが、今ならできる。
なんだ、インドに行って、よかったやん、おれ。