「大丈夫」な場所を守る
僕は、銭湯が好きだ。
銭湯が好きで、歩いて通える範囲に住むことを決めた。
仕事がうまくいかず落ち込んだとき
失恋してむしゃくしゃしたとき
人間関係で悩んで、何もかも投げ出したくなったとき
どうしようもなく消えてしまいたいとき
僕はいつも、銭湯に行く。
体を洗い流してお湯に浸かると、深く呼吸ができる。日々働く中で、いかに呼吸をしていないか気付かされる。「息苦しい」ってなんだか感覚のように使いがちだけど、息苦しいときって本当に息ができていないんだな、と思う。
深く息を吸い込んで吐くと、いろんなものに占拠されていた頭がからっぽになって、「まぁいっか」と思えたり、「自分のあの言葉もいけなかったよな」と素直になれたりする。
どんな時でも、どんな自分でもあたたかく受け止めてくれるお湯が沸いていて、番台さんの「おやすみなさい」がやさしく寄り添い、明日へ背中を押してくれる。
そして、「きっと明日も大丈夫だ」「こんな自分でも、大丈夫だ」と思いながら、眠りにつく。
思えば僕は、ずっと「大丈夫」な場所を探して生きてきた。
「こんな自分がここにいていいんだろうか」と、いつも不安な気持ちでいっぱいだった。
「ここにいたら自分はずっと傷つけられ続けるだろう」
「この人に自分の胸の内を告げたら、きっと否定されるだろう」
人との出会いの中で、自分から壁を作ってビクビクして、それでもここで生きていくしかないとしがみついてきた。
大人になって、「本当の自分でいて大丈夫だ」と思える場所や友人に出会うことができた。「大丈夫じゃない」関係を断ち切って生きることも覚えた。
それでもまだ、大丈夫だと思っていた人でも、思わぬ言葉に刺されたり、急に突き放されたりすることがある。物理的に離れ離れになることもある。
人間関係の中にある「大丈夫」は、変わりゆく。いつもそこにあるわけじゃない。それは仕方のないことだとわかっている。
だからこそ、街にいつもある銭湯に行って、「自分は大丈夫だ」と思えることに、僕はとてつもなく救われている。少なくとも僕にとって銭湯は必要であり、一緒に同じ浴槽に浸かっている誰かにとっても、必要な場所に違いないと思う。
そんな銭湯で、この冬から、働くことになった。
働いてみて、僕が感じていた気持ちの良さは、銭湯を守る人々の隅々まで行き届いた仕事や思いやりのうえにあることを実感した。
どんな人も受け入れる銭湯で働く人は、どっしりとしていて、あたたかくて、安心感がある。僕の「大丈夫」な場所は、この人たちに守られていたんだなと知り、じんわりする。こんな人になりたいな、と思える人がたくさんいるのって、いいよね。
そして何より、朝5時から自分でピカピカに磨いた大きな浴槽に、朝日を浴びながら浸かる行為が、天に召されるほど気持ちがいいことを知ってしまった。
勤務中にスキップしてしまうほどに、今は大好きな銭湯で働けることが心から嬉しい。
僕にとっての、誰かにとっての「大丈夫」な場所を、微力ながら精一杯守っていきたいなと思う。
人知れず流した泪があった 〜修論〜
どうも、らんまるです。
このたび(といっても数ヶ月前ですが)、無事に修士論文を書き上げ、大学院を卒業することができました(パチパチ
自分としては、大学院2年間(+留学期間)で得た経験や、培った知の集大成を形に残すことができて、とてもとても嬉しく思います。
とはいえ、せっかく必死こいて作り上げたものを大学内だけに残しておくのもなんだか悲しいし、かといって学会などで発表するほどのものでもないので、自己満的にちょこっとだけここで紹介しようかなと思います。
自分の周りの人にだけでも、「プレーパーク」という場所のことや、子どもの育ちについて知ってもらえると嬉しいなあ。
興味のある方はご覧ください。
修論の主旨は、”プレーパークの意味世界を明らかにしよう”というものです。
まず「プレーパーク」(”冒険遊び場”と同義)とは、僕が大学院でずっとテーマにしてきた、「自分の責任で自由に遊ぶ」がモットーの、子どもの遊び場です。
冒険遊び場は、子どもが「遊び」をつくる遊び場です。
そこでは火を使ったり、地面に穴を掘ったり、木に登ったり、何かものをつくったり・・・。
落ち葉やどろんこや自然の素材を使って、
遊び場にあるスコップや金づちや大鍋を使って、
自分の「やってみたいと思うこと」を実現していく遊び場です。
さまざまな遊びが展開されていくので、変化しつづける遊び場ともいえます。
禁止するのではなく、いっしょに考えてやってみる。
のびのびと思いきり遊べるこの場所は、
子どもが生きる力を育むことを支えています。(特定非営利活動法人 日本冒険遊び場づくり活動協会HPより)
そして「意味世界」とは、簡単に言うと「人に意味づけられた間主観的なものの総体」のことです。
社会学者の盛山和夫は、著書『社会学とは何か -意味世界への探究-』の中でこう述べています。
「意味世界」というのは、人の主観的世界が意味に充ち満ちていることをいう。
世界がどうなっているか、なぜ世界はこのようになっているのか、何に価値があるのか、どう生きたりどう行為すべきか、何が正しくて何が間違っているか。
人は誰でもそうしたことがらを問いかけ、部分的に答えを見いだしながら生きている。そうした問いと答えからなっているのが意味世界である。(p.23)
これをプレーパークにあてはめてみると、「プレーパークにいる子どもたちは、プレーパークをどういう場所だと主観的に意味づけているのか、その総体を探ってみよう」という試みなわけです。
プレーパークは、時代の流れとともに子どもの遊びが失われていることに危機感を抱いた大人が始めたもので、1970年代に日本で広まりました。
その危機感の背景には、たとえば都市化によって自然が少なくなったり、塾や習い事で子どもが昔より多忙になったり、地域のつながりが薄れて異年齢で遊ぶ機会が減ったり、公園が様々なルールに縛られていたり、といった理由が。
つまりプレーパークとは、子どもが自分の意志を行使して自由に遊ぶ場を作ろう、という活動なのです。
プレーパークの研究はそもそも数が少ないうえに、実際に中に入って子どもの声を丁寧に聞いたり観察したりした研究がほぼなかったので、じゃあやったろうやないかということで、僕の研究が始まりました。
実際にプレーパークの中に入り、子どもたちの参与観察とインタビューをし、データを解釈分析した結果、三つの意味世界に分類されました。
修論は長ったらしいのでここではめちゃくちゃ簡単に書きますね。
まず一つ目に、プレーパークはプレーリーダー(プレーパークで働く遊びの専門職)の職能によって工夫された環境があることと、プレーリーダーと子どもの対等な関係性からくる安心感が土台にあることによって、ハード・ソフトの両面において極めて子どもが過ごしやすいように整えられた非日常の空間であり、子どもが日常生活と比べて特段「自由」を感じる場となっていることが明らかとなりました。(長い)
また、子どもとプレーリーダーだけでなく、親や地域住民、ボランティアなど多様なステークホルダーが「遊び」という体験を通して、普段の役割を脱ぎ捨てて関係性を溶解させることで、「プレーパークの住人」として「プレーパーク」という世界を共創しているのだと捉えられました。
二つ目に、プレーパークは「いいことを思いついたらやってもいい」という特有の文化の元、特有の行動様式(例えば、道具の使い方に縛られず柔軟に遊ぶなど)がある場として機能していました。
さらに、その行動様式を日常世界でも応用し、プレーパークの世界と行ったり来たりすることで、行動様式をより身体化したり、他人に継承したりする現象も見られました。
三つ目に、プレーパークは普段関わる準拠集団外の「他者」と出会うことによって、「新しい自分」に出会える場となっていることが確認されました。
一方で、プレーリーダーは特殊なセンスを日々の研鑽によって身につけており、その存在が子どもにとって「カリスマ的存在」として捉えられる可能性も示唆されました。そのことによって、本来「自由な場」としてのプレーパークが神聖化されすぎると、子どもが日常世界で感じる「不自由さ」がより強調されてしまうという危険性も持ち合わせていることが明らかになりました。
総合的に、こうした独特な世界は子どもたちにとって、
・「やってもいい」「失敗してもいい」と物事を捉えられる「遊びの精神」を育む場としての可能性
・プレーパークと日常世界をバランスよく行き来しながらアイデンティティを形成し、「遊びの精神」をプレーパーク以外の場でも発揮できるようになるための学びの場としての可能性
を持つことが示されました。
長々と書いてみましたが、自分で久しぶりに読んでも理解にやや苦しむので、「ふーんプレーパークってとこがあるんや、なんか良さそうやな、子どもができたら行ってみるか」くらいに思ってもらえれば本望です。
ここからは、修論を書いてみての感想を少し。
新卒で入社した会社を半年でやめ、大学院に入り直した僕は、入学当初、必死にもがいていました。
「子どもの遊び」を深く探究したい、でもテーマが決まらない、どこのフィールドで子どもと接したらいいかわからない、もう後戻りすることはできない、とやる気と不安でぐっちゃぐちゃになりながらも、無我夢中でいろんな場に足を運びました。
そんな中出会ったのが、プレーパークでした。
プレーパークに出会えたから繋がった人もたっっっくさんいたし、プレーパークを通して日本の遊びの問題に気づけて留学したいという思いにも繋がったし、プレーパークでの活動があったからこそ今の就職先にも繋がったし、僕にとっては返しても返し切れないほどの恩がある場所なんですよね。
全てが線で繋がっていて、救われてきたからこそ、自分勝手な恩返しとしてプレーパークを「修論」という形に残したかった。
書き残すことで、まだ社会に広く知られていないプレーパークのことを、少しでも誰かに伝えたいという思いがとんでもなく強かったです。
プレーリーダーにインタビューをして、子どもたちへの強い思いや信念に心を震わされ、泣きながら文字起こしをしたりもしました。
この素敵な人たちの思いや活動を、絶対に世に出してやると決意しました。
いつも隣で頑張ってた研究室の後輩も、先生にダメ出しされながらちょっと泣いてました。
提出したときの達成感は、たぶん人生で一番だったんじゃないかなぁ。
脳裏に「栄光の架け橋」が流れて、めちゃくちゃに泣いた。きもいくらい泣いた。
なんだかんだ、挑戦してきたことももちろんあったけど、逃げてきたことも、迷惑をかけた人もたくさんで。鬱っぽくなって家から出られなくなった日もあって。
それでも支えてくれた先生がいたり、いつの間にか居場所になっていたプレーパークがあったり、全部が繋がって今があったから、何がなんでもやりきりたかったし、やり切ることができて本当によかった〜。
この修論期間、年末年始も誕生日も返上しながら研究室にこもって泊まり込みでがんばってきて(後回しにしてた自分がうんこ)、もうやめたいってなんども思いながらも、思い返してみると、とても楽しかったという感覚が強いのが不思議で。
それはきっと、大学院での授業、先生との会話、いろんなとこに連れて行ってもらったこと、自分でいろんな世界に飛び込んできたこと、あんなことやこんなことが全部自分のかける「メガネ」の素材になっていて、「あ、これってこのメガネをかけるとこういうことか」と腑に落ちる瞬間があって、学びが深まって研ぎ澄まされて、いろんなものが見えるようになっていく感じがとてもおもしろかったからかもしれません。
人に会わずに、自分の中に閉じこもっていく作業だったけれど、深く潜っていけばいくほど、自分が開いていくような、そんな感覚。
教授とか研究者とか知を生業にしてる人たちって、こんな感覚がおもしろくてやってるのかなって、ちょびっとだけでもわかったような気がしました。これから先も、学ぶことはやめずにいたいな。
大学院で一番学んだことは、自分なりの問いをもって突き詰めることの難しさとおもしろさだった気がします。「面白く生きる」かどうかって、全部自分次第なんだよな。
いや〜改めて、大学院にくる選択をしたあのときの自分、グッジョブすぎるぜ。
プレーパークにいる子どもたちのように、僕も他者との出会い、新しい自分との出会いをおもしろがって生きていきたいなぁ。
今回も長い文章になってしまった。反省。コンパクトに言いたいことをまとめられるようになりたい。
久しぶりにの人とも、話がしたいです。読んだ人は連絡してね〜
二度目の就活振り返ろうや 〜三周年記念特集号〜
ご無沙汰です!
スウェーデン留学中のホームステイ日記からだいぶ経ってしまいました。コロナで緊急帰国してから、バタバタと就活と修論とバイトとバレーと時々遊びの日々を送っております。
今回こうして重い腰をあげ筆をとっているのは、何を隠そう、このブログ『三日坊主の三年日記』が、見事当初の目標であった三周年を迎えたからです!!(ぱちぱち)
初めての記事(恥ずかしすぎて現在は非公開)をアップしたのが2017年5月7日だったようで、いつまにか三年ちょいの月日がすぎていました。シンカリオンより早いね。
三年前は、僕にとって大きなターニングポイントでした。新卒で入社した会社を半年で退職し、大学院入試を受け、地元に帰ってフリーターをするという決断をした2017年の僕に、胸を張ってこう伝えたい。
グッジョブやで。ナイストライやで、自分。
ふさぎこんだりもしたけれど、私はげんきです。
そう言えるようになった自分が今ここにいることが、何よりも嬉しいです。
そもそも僕は飽き性で忘れっぽくて物事が続きにくく、同じブログを細々とはいえ三年も続けてきたこと自体わりと奇跡。ちょびっと誇らしく思っちゃう。
三日坊主だけど、あわよくば三年続けばいいな〜〜とふんわりとした願いを込めてブログタイトルをつけ(結構お気に入り)、本当に三年続いちゃったのでとてもびっくりです。
この三年を思い返すと、実に感慨深いぜ。唸ってしまうほどに。大切にしたいことの根底は昔と変わっていないけど、三年の間でそれがより広がり、鮮明になった感覚。
それもこれも、「文章を書く」という行為を通して自分を見つめ、思考を整理し、人に話すということをするようになったのがとても大きいです。
個人的に勝手に日々の備忘録として更新していただけですが、このブログを読んで連絡してくれた旧友がいたり、新しく生まれたつながりもあったり、就活にも役立ったりして、地道に続けてきて本当によかったなぁ。
ということで、今回は三年の節目として、先日終了した人生二回目の就職活動についてまとめてみたいと思います。三周年記念特集号です。あなたが求めていなくても、残しておきたいので記します。ブログとはそういうものなのです。
※大学4年時の就活については、ここでさらっと触れています。
本来であれば、自分が人生をかけて追い続けたい夢や、理想の自分が「目的」となり、就きたい仕事や入りたい会社の内定をゲットすることは、そのための「目標」であるべきだ。(と僕は思っている)
しかし僕はまたも本来の目的(夢や理想)を見失い、目先の「内定」というただの通過点をゴールにしてしまった。
その結果、自分を受け入れてくれた会社の内定を承諾し、入社してからやりたいことと全く違ったことに気づき、退職した。
つまり、最初から目的が明確になっておらず、一番近くにあった道標をゴールと勘違いしたのだ。
目標と目的を間違えると、大学生活を棒に振るよ! - 三日坊主の三年日記
まったくその通り。僕の二度目の就活は、すでにこのときから始まっていました。
つまり、「やりたいこと」「憧れの会社」を漠然と探すのではなく、「自分はどんな社会で生きたいか」を主軸に置き、それをもとに考え、行動した三年間でした。
もちろんその軸が当時は明確でないまま行動したこともありましたが、自分はこういう思いを持ってあのときあの行動を起こしたんだな、と振り返って思えるのは、一度目の就活の失敗があったからです。
この三年間の出来事ひとつひとつを結ぶと、一本の線となって今の自分につながっている感じ。
したがって今回の就活における最大の軸が、「自分が生きたい社会と、その組織が事業を通して実現したい社会が重なっていること」となるのは自然なことでした。
そうなると、かなり明確に「私たちはこんな社会を目指しています」と言っている組織に絞られます。
かつ、それを大々的に掲げているだけでなく、おこなっていることがしっかりとその実現に向かっているのかを見なければならない。
自分が日々の仕事を積み重ねることによって、着実に一歩一歩目指す方向に向かっている実感を持てるのか。このポイントをおさえるのに、結構苦労したなぁと思います。
タイミング的にコロナ禍での就活で、企業の採用スケジュールや採用人数が変更になったり対面での面接ができなかったりで多少の影響はありましたが、オンラインでの面接はスーツ着なくていい、交通費かからない、とむしろ超絶好都合だったし、この世界的危機に対する企業の動きを見ることができたのはとても貴重な機会でした。
就活全体をざっと時系列で記すとこんな感じ。
3月:留学中にオンラインで就活を始める。
4月:内定先に出会う。大手中堅ESラッシュ。
5〜6月:一次やら二次やらがちょこちょこ。
7月:一社内定をいただく。玩具会社最終落ちる。→軸をもう一度見直す。
8月:NPOにも視野を広げてみる。
9月:志望度の高かったNPOの最終落ちる。
10月:大納得の内定をいただき就活終了。
最終的には10月までかかってしまいましたが、大大大納得!!!と言える会社に内定をいただけたので、妥協せずに続けてきてよかった!の一言に尽きます。
面接を重ねていくうちに、自分がどう働きたいか、仕事を通して何を成し遂げたいかがより明確になり、さらにそれがきちんと伝わるところと伝わらないところがあることがわかるようになりました。それに伴い、
規模や業界に拘らずビジョンやミッションが合いそうなところを漠然と広く探す
→業界を「子ども・子育て・家族」関係に絞って探す
→組織形態に拘らずNPOも含めて探す
→中の人や代表とじっくり話せる規模の組織を探す
というように、組織の探し方も少しずつ変わっていきました。
ではここで、一度目の就活と二度目の就活を振り返って自分が「変わったな〜!」と思う点を三つあげたいと思います。
①就活の捉え方が変わった
一度目の就活は、「親や友人に認められたいから名の通った企業がいい」「内定をはやめに取って遊びたい」「福利厚生がちゃんとしてるところがいい」などといった、いわゆるミーハーな就活をしていました。
このやり方がだめだったのは、大手を中心に受けていたことそれ自体ではなく、そこに自分の信念がなかったことです。
そもそも就活のスタンスも、「就活の時期が来たからやるしかない」「卒業したら働かなければいけないからやるしかない」といった、べき論に縛られた後ろ向きな姿勢でした。
そりゃあそんなもん、自分に芯がないことが面接官に伝わるのなんて当然の話。
しかし今回は、「自分にとって”働く”とは何か」についてきちんと向き合い、今の時点での自分なりの答えを出した上で挑むことができたので、とても前向きな就活でした。
つまり、就職活動の意味が「生きていくために仕方なくやる仕事を後ろ向きに探す活動」ではなく、「自分が実現したいことに一緒に向かっていける仲間を探す前向きな活動」に変わったのです。
また、前回の就活では直前になって「自己分析やらなきゃ!」と焦ってやっていました。
しかし今回は、退職してからブログを頻繁に更新するようになったり、人とじっくり対話する機会が増えた(意識的に増やした)ので、思考をまとめる癖がある程度ついており、「就活で必要だから」と焦って自己分析をすることはありませんでした。
そのため日頃から考えてまとまっていたことを、相手にわかりやすく伝える練習をすることに専念できました。
このように、就活が単なる「仕事探し」ではなく「仲間探し」になったことによって、就活の取り組み方も変わったのです。
②面接官とのコミュニケーションが変わった
一度目の就活では、自分がやってきたことを必死に盛って話すことで、少しでもいい印象を持ってもらおう、他の学生と差別化しよう、とやっきになっていたように思います。なぜなら、面接を「ジャッジされるもの」と捉えていたからです。
ジャッジされることに対する怯えというか、こわさを感じていたためにがちがちに緊張し、自分を取り繕っていました。関係性は企業が上、自分が下で、必然的にそこでのコミュニケーションは一方通行になっていました。
しかし就活が「仲間探し」になったことによって、面接の場は「いずれ仲間になるかもしれない人と話せる貴重な機会」に変わりました。
面接を「お互いにジャッジするもの」と捉えられるようになったことによって、自然と双方向のコミュニケーションになり、価値観を擦り合せるように会話のキャッチボールができるようになりました。
また、企業と自分の立場を対等な関係性と捉え直したために、例えば全国転勤なんかも許せなくなりました(笑)
自分が住みたいところに住むなんて当たり前に保障されるべき権利なのに、強制的に住む場所を言い渡されるなんて頭おかしすぎわろたって感じにだんだんなっていきました。
配属先が地方になった友人をみてきて、まあ仕方ないよな〜と以前は思っていましたが、「冷静に考えてそれ自分むりだわ」とわがままに就活ができたのはとても楽だったなと思います。
③「お祈り」の捉え方が変わった
一度目の就活では、エントリーシートや面接で落とされるたびに自分の全てを否定されたような気持ちになり、自分は価値のない人間なんだ....自分なんかを雇ってくれるところなんてどこにもない.....といちいちめちゃくちゃ落ち込んでいました。ザ・典型的就活生。メンタル豆腐すぎ。日本の闇。
しかし今回は、面接を「お互いの相互理解の場」と捉えられるようになっていたので、お祈りされたとしても「ミスマッチだっただけ」「タイミングが合わなかっただけ」と割り切れるようになりました。
そのため、伝え方が悪かったから次はこうしよう、軸をもう一度見直してみよう、というように具体的な改善を積み重ねることができました。
そりゃいけると思ったとこに最終で落ちたときは多少落ち込んだりもしましたが、トータルで無闇やたらとへこみ倒さなかったのは、一回目と比べて精神的にかなり楽でした。就活において、これほんと大事。
最終的に大満足の就活となりましたが、とはいえ自分の経験や考えを人に話し理解・共感してもらうことは非常に難しく、苦手なことだなと改めて痛感しました。
また、タスク管理も相変わらず苦手でした。さらにさらに、第二新卒的なポジションだったので、職歴があるとそれだけでNGなところとちゃんと話を聞いてくれるところがあるというのもわかりました。難しいね!
というわけで、三周年記念に二度目の就活を振り返ってみました。遠回りだったけど自分には必要な三年間だったなと改めて感じると同時に、就活でズタボロになり命を絶つ人もいるこの国で、僕の一度目のような就活をする人が少しでも減るといいなと願っています。
今後とも、次の三年を見据えて細々と続けていきたいと思っておりますので、どうぞよろしくお願いいたします!
以上!
〜田舎に泊まろう in Sweden〜 10日目 最終日
God morgon!
早朝にコンコンとドアをノックされる音で目を覚まし、出て行くとTobiasとMikaelaが待っていた。
今日は、この家族と過ごす最後の日。
そして、Stellaの2歳の誕生日。
2本のろうそくを差したオートミール(麦のおかゆ)と、昨晩せっせと包装していたプレゼントをもって、そーっとStellaの部屋に入る。
そして、スウェーデンのバースデーソングを歌い出す二人。
"Gratiss!!"(スウェーデン語で"おめでとう")と言われながら、わけもわからずむにゃむにゃと目をこするStella。
やっと状況を理解し目の前で灯るろうそくに気づくと、目を輝かせながら息を吹き、火を消した。
その力強さに、彼女がこの世に息吹いてから2年を迎えることができた奇跡を、しみじみと噛み締めた。
何歳になったの?と聞かれ「3歳!」と答え続ける彼女のたくましい声と、家族の大きな笑い声が家中に響く、幸せに満ちた朝だ。

いつも通り朝ごはんを食べ、家族みんなで集合写真を撮った。
一生の宝物が、またひとつ増えた。
仕事に行くTobiasとお別れのハグをし、 Stellaとförskolaで最後のお別れを告げる。
すくすくのびのび育つStellaとLeoの未来が、楽しみで仕方ない。また会いたいな。
駅までMikaelaとLeoが見送りにきてくれた。
Mikaelaとお別れのハグをして、ありったけの感謝の気持ちを伝える。
いろんな場所に連れてってくれて、本当に嬉しかったなあ。
最後に、僕が撮ったたくさんの写真達をまとめたスペシャルサンクスムービーをプレゼント。喜んでくれてよかった、、。
たった10日間だったけれど、本当の家族のようにあたたかく受け入れてくれて、心からリラックスできる安心感の中で過ごさせてくれて、圧倒的感謝。
後ろ髪を引かれながら電車に乗り込み、ぬくぬくとした気持ちでこれを書きながら、シャワールームにニベアのボディークリームとニキビ予防化粧水を忘れたことに気がついた。
ぬあ〜〜〜〜やっちまった〜〜〜〜〜〜とへこんでいたら、買っておいたランチを乗り換えの際に電車内に忘れた。ダブルパンチ。つらい。すごくつらい。
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この10日間、スウェーデンの家族の実生活の密着し、感じたこと、考えたことをここに記してきた。
本当に本当に、幸せな時間だった。
Leoが1歳になったらパパが育児休暇をとって、私が働くの
障がいのある子だって、ブランコに乗りたい。それが普通でしょ?
あなたには今、ガールフレンドかボーイフレンドはいるの?
『結婚』をすることがそんなに重要なことなの?
若いうちから人生でやりたいことなんか決められるわけがないんだから、何歳でもやり直せる社会が必要なのは当たり前でしょ?
そんなこの家族の言葉の節々から、環境が違うとこんなにも身の回りの「当たり前」や「普通」が違うんだなと、何度も思わされた。
生まれ落ちる場所は選ぶことができないのに、理不尽だなあくそ〜〜と思う。
僕たちはその事実に気がつかずに生きることも、目を背けて生きることも、抵抗しながら生きることもできる。
最近、世界の愛と平和を願う超絶かっこいいハロプロ軍団にはまってしまったのだが、その先頭をひた走るモーニング娘。の曲に、こんな歌詞がある。
やだやだと言ってれば世の中が変わるなら 一晩叫ぶわ
でも 自分だけが楽をしたって私の人生 ほんとに楽しめないんだよ
セクシーキャットの演説(モーニング娘。'16)
「ほんまそれな!!!!!!!!!!!!!」と心の中で1億万回叫んだ。
当たり前だけど、僕らひとりひとりの「人生」と「社会」は、つながっているのだ。
僕らが生きるこの世界は、「社会」という人々の集まりでできているのだから、その枠組みからはどうしたって逃れられない。
しかし、そこを切り離すかのごとく、今ある環境の中で必死にもがきながら、自分なりに工夫して楽しみながら、日々の生活を紡ぐことに精一杯なのが多くの日本人の現状だと思う。
そこには、実生活をすかして、もっと大きな動きの中にいる自分見つめようとする「余白」がなかなか生まれない。
実際には大きなことから小さなことまでつながっているのに。
スウェーデンの家族と一緒に生活してみて、個人の生活と社会のあり方が本当に密接に関わっていることをひしひしと感じた。
国が社会福祉に力を注ぎ、自治体が教育機関や人々が集える場所をきちんと確保し、職場の柔軟な制度のおかげで家族が多くの時間を共に過ごすことができる。
そしてそれらを支えているのが、人々の平等と民主主義への意識であり、そんな社会で子どもたちは育ち、大人になっていく。
税金を納め選挙に行き、自らの手で社会に影響を及ぼし支えていく大人へと、成長していく。
そんな大きな相互関係が、リアルな生活の細部から伝わってきた。
僕ら日本人が、日々もがきながらも、少しずつ社会との接点に目を向け抵抗していくことができれば、いつか大きなうねりとなり、誰もがゆとりを持っていきいきと生きられる世界になるのではないだろうか。
人生のもがき方を、少し見つめ直してみてもいいのではないだろうか。
スウェーデンのシステムを日本にそのまま導入するなんてできっこないのだから、インスパイアされながらも、僕らは僕らのやり方で自分たちの世界を変えていくしかないのだ。
世の中が変わらないことを、やだやだと憂いながら僕だけが楽をしたって、僕の人生は「世の中」の中にあるのだから、本当の意味で楽しむことはできない。
だったら僕は、自分が動いていく道を選びたい。
「誰もが自分らしく、自分の人生をおもしろく生きられる社会」を目指したい。
それは、「僕自身が、僕らしく、いきいきと生きる」ことにつながっているのだと、僕は知ることができたから。
スウェーデンの田舎に泊まって、そんなことを考えました。
あなたは、僕らの生きる世界を、どんな世界にしたいですか?

〜田舎に泊まろう in Sweden〜 9日目
God morgon!

いつも通りförskola(就学前学校)にStellaを送り、鶏を外に放す幸せのルーティン。
その後は地下室の大掃除へ。
地下には、食料庫、服を作る部屋、サウナ、洗濯室、物置、そして今回リノベーション中の部屋があって、キャパシティがすごい。
これでもスウェーデンの中では狭い方だとか言ってるから、僕の大学の寮の狭さを説明したらアンビリーバボーと言っていた。そんなんこちとらアンビリーバボーだわ。
ランチを食べ、Leoをオープンプリスクールに連れて行った。
オープンプリスクールとは、その名の通り、誰にでもオープンな保育園のこと。
スウェーデンでは1歳半になるとほとんどの子がförskola(就学前学校)に通うので、1歳未満の赤ちゃんがたくさんいた。
ここには常に3人の先生がいて、週3日あいている。
親子はあいている時間帯にいつでも訪れることができ、本を読んだりおもちゃやパズルで遊んだりごろごろしたり、自由に過ごせる。
また、大人がコーヒーやちょっとしたお菓子を買って飲めるスペースや、パソコンを借りられる部屋、静かに勉強ができる部屋、縫い物ができる部屋などが備わっている。

そこの先生がめちゃくちゃ優しくて、聞いてみるといろいろ丁寧に教えてくれた。
地域によって違った特色があり、Borlängeのオープンプリスクールは移民の人たちにとって重要なミーティングポイントになっているそう。
(ちなみに子供がいなくても、誰でも来ておっけー!)
世界中の国から移り住んできた人たちが、ここで同じような境遇の人と出会ったり、スウェーデン語を勉強したり、保険や仕事など様々な悩みごとを相談したりできる。
そのために、週一で移民専門のカウンセラーが来るのだとか。
先日は、アフリカから移ってきた女性が、バンクから謎のお金が毎月引き落とされていると相談にきたそう。
バンクとカードを変え、無事解決できたそうだが、まだスウェーデンの事情や言語が十分にわからない移民を狙った犯罪があることは、スウェーデンにある問題の一つだ。
ちなみにオープンプリスクールとは別に、教会も人々にとって重要な場所になっていて、スウェーデン語の勉強会や赤ちゃんに歌を歌う会などをやっているのだと、教会のウェブサイトを見せながら教えてくれた。
そのことは知ってたんだけど、教会が独自のサイトを作ってることの方がびっくりだったわ。
また、ついでに僕が子どもの遊びや公園に興味があることを話すと、それならBorlänge市役所の公園課に行って話を聞いてきなよ!と。
調べてみると、地域ごとにどのような公園を作ってどのような遊具を設置するかなど、公園課が決めて動いているらしい。
残念ながらここで行く時間はないので、他の地域で行ってみよう。
お姉さんにお礼を言って、Stellaをお迎えに。
今日は雨が降っていたので、家の中で遊んだ。





セロハンテープを見つけて顔に貼り出したStellaと、それに乗っかって鼻にテープを貼って豚になりきろうとするMilaela。

3人で豚の真似してぶひぶひ言う昼下がり、平和すぎてびっくりする。


16時頃に雨があがったので、公園へ!

つい数週間前まではこの時間帯にはもう暗かったのに、随分日がのびたなあ。
今日の公園はこんな感じ。



一番左には、肢体不自由の子が乗れるブランコが!
「障がいのある子だってブランコに乗りたいのよ、それが普通でしょ?」とMikaela。ごもっともすぎて脱帽。
Stellaはまだ日本で見る普通のブランコには乗れないので、支えがついたブランコに。


いろんな場所に連れて行ってくれたMilaelaに、感謝しかない。ビッグラブ。

帰ったら、Tobiasが夕食の準備をしてくれていた。
料理をするパパを見ながらもぐもぐするStella。
何食べてるの?と聞くと、なんと生のじゃがいもをばくばくしゃりしゃり食べていた。

みんなとの最後の夕食。こんなに楽しい時間ももうおしまいかあ。

夜、僕が友達の結婚式ムービーを作成していると、「日本では結婚は重大なことなの?」と聞かれた。
彼らは結婚はしておらず、事実婚(スウェーデンではSamboと呼ばれている)という形をとっている。
Milaelaのお兄さんのおうちにお邪魔したときも、親戚たちを僕に紹介してくれるときに、"husband"と"boyfriend"を使い分けていたので、あ、結婚してる人としてない人がいるんだな、とわかった。にもかかわらず、みんな子どもがいた。
Samboは、スウェーデンでは全く珍しい形ではない。
相続など一部異なる部分はあるのが現状問題ではあるらしいが、婚姻関係とほぼ変わらない社会保障を受けられる。
そのため、「結婚」しているかどうかというのは、さほど大きな問題ではないのだ。
そんなことよりも大事なのは、大切に思い合う人たちが人生を分かち合うことを決め、その先に「結婚」もそれ以外の選択肢もあること、いろんな形が認められる環境があることだ。
その家族にしかない形が、家族の数だけあるのだから。
一方日本では、事実婚はまだまだメジャーではないし、選択的夫婦別性も同性婚も進んでいない。
ましてや「結婚」というライフステージを踏むことが「正解」「普通」「幸せのゴール」かのように押し付ける人たちも未だに存在する。もはや恐怖。
伝統的家族観を異様に重視する人たちが日本のトップに立っているのでなかなか変わりそうにないのは非常に残念だが、変えればただただハッピーになる人が増えるだけなのに、一体全体何を守っているのだろう。
Tobiasが、「君はスウェーデンで子育てができて、しかも僕と一緒にいれるなんて、世界一幸せだね」とMilaelaに言っていたのは最高にかっこよかったけど、同時に悲しくもあった。
何が「普通」で、何が「特別」かって、社会のあり方によって本当に全然違っているんだなあと、スウェーデンにきてから痛いほど感じる。
障がいのある子だってブランコに乗りたいのよ、それが「普通」でしょ?
このMikaelaの言葉が、スウェーデンに生きる人のあり方を丸ごと物語っているような気がした。
今日本で「普通」じゃないこと、でもそれが「普通」になった方がハッピーなことって、どれくらいあるだろうか。
それらが「普通」じゃないことによって苦しんでいる人がどれほどいるだろうか。
スウェーデンだって、ここに今ある「普通」が、国ができたときから「普通」だったわけではない。
ここにいる「人」が、たしかに変えてきたのだ。抵抗して、戦って、少しずつ「普通」を作り上げてきたのだ。
「自分たちの社会は自分たちで変えられる」
そう信じる力が、この国にはある。
国が違えど、変えるべき「普通」は、僕たちだってきっと変えていける。僕らの手で。
そう信じられる人が溢れる国にしていきたいなあ。
Milaelaが唐突に焼き始めた大量のシナモンロールを食べながら、そんなことを思ったのでした。


このあたたかな家庭で過ごす最後の夜。
Stellaとのおやすみのハグも、もうおわりなんだな。
このぬくもり、忘れないぞ。
変わらないことへの憂いと、変えていくぞという決意と、甘いシナモンの香りが漂う中、ぐーすかと眠りにつきましたとさ。
〜田舎に泊まろう in Sweden〜 8日目
cucuuuuuuuccccucccccccううううううううううううううううcううううっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっtっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっm⁄んんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっtっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっm⁄んんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんん
God morgon!
今日もブログを書き始めた瞬間にStellaが走ってきましたね、偶然にもすごい喘いでいるようなタイピングになってしまいました。

相変わらずおけつの痛みが激しいですが、がんばっていきまっしょい。
リビングに行くと、朝から疲労困憊な様子のMikaelaが。
昨晩、夜中3時におなかが空いたとStellaが、それにつられてLeoも泣き始め、二人をあやしていたら背中を痛め、寝れなくなって完全に寝不足らしい。
子どもを育てるってのは、そういうことなんだなあと。本当に大変です。
ここで暮らして初めて育児生活に密着して、なんだかもっと世界に対して優しくなれそうな気がしてる。
ちなみに僕はまったくもって気づかず爆睡でした。


今日は快晴!
景色が広々としているので、歩いていてとても気持ちがいい。Colaもなんだか嬉しそう。
スウェーデンでも日本と同じくchild care関係は女性の割合が多いみたいだが、Stellaのförskola(就学前学校)には、僕がみただけでもごりごりにマッチョな男の先生が3人いる。
通っている子どもたちも、肌が白い子や黒い子、アジア系の子、中東系の子、イスラム系の子など多種多様だ。
『スウェーデンの保育園に待機児童はいない』(久山葉子,2019)によると、förskolaの保育方針について、主に次の5つが目的として掲げられている。
就学前学校は、子供ひとりひとりがこれらの能力を発達させることに努めなければならない。
・寛容さ、敬意、連帯感、責任感
・他人の状況に配慮したり、共感したりできる能力。そして、他人を助けたいという気持ち。
・日常に存在する生き方への課題や道徳的ジレンマに気づき、自分で考え、意見を持つ能力。
・性別、民族、宗教等の信仰、性的指向、障害にかかわらず、人間には全員同じ価値があるということへの理解
・生きるものすべてへの敬意と、自分の周囲の環境に対する配慮。
この保育指針は、スウェーデン人が理想とする人間のありかたをそのまま表している気がする。
いたるところで −特にあらゆる年齢の教育現場で− これら五つの点が重要視されているのを常々感じるからだ。
「人間には全員同じ価値がある」というフレーズは、スウェーデンの教育現場で頻繁に耳にする言葉であり、スウェーデンがそのうえに成り立つ民主主義国家であることは皆が自負している。
特に4つめの、「性別、民族、宗教等の信仰、性的指向、障害にかかわらず、人間には全員同じ価値があるということへの理解」を、1歳半から教え込むのは本当にすばらしい。
これを幼少期から叩き込まれた人たちが、今この国を動かしているのだ。そりゃあ住みやすいわ、、、。
園庭は、感覚的には日本の一般的な小学校の校庭くらいの広さがある。ストックホルムだとこうも広くないだろうが、子どもたちが思いっきり遊べる環境が整っている。
給料については、日本よりは十分にもらえるようだが、Mikaela曰く他の給料に比べると低いため近頃はなり手が少ないそう。これは保育士だけじゃなく、学校の先生も同じなんだとか。
スウェーデンのförskolaについては、もっと詳しく知りたいので今後もっと研究していこ〜〜
förskolaにStellaを送り届けたあとは、帰ってきて鶏にえさやり。
あの典型的なこけこっこー、初めて間近で聴いた!!目覚ましボイスにしよ。

そして、庭に散らばったColaのうんち集め。
Colaは、生まれたときから外で排泄をするようにしつけられたらしく、うんちやおしっこをしたいときは庭に出て行くのだが、これまた庭が広くてあちらこちらに大量のうんちが転がっているのだ。
広大なサハラ砂漠の満点の星空の下で立ちションをする気持ち良さを知ってしまった僕は、今ならColaの気持ちがわかる。こんなに広々とうんちできるの、最高だよな。
Mikaelaがしばらく拾ってなかったおかげで、バケツもりもりのうんちが収穫できた。大漁大漁。

その後は、Leoの定期検診のため病院へ。
行きの車で初めて、Mikaelaが37歳でTobiasが40歳だということを知った。
もうちょっと若いと思ってたので意外だったが、そもそもこの人たちの年齢を気にしたことが今までなかった。
ヨーテボリでも、友達の年齢を気にしたことはなかったし、スウェーデンは年齢に関係なくフラットに人と接する文化なので、学校の授業にもいろんな年齢の人が当たり前にいて当たり前に認め合っていた。
また年齢に関係なく、自分次第でいくつからでもやり直せるのもスウェーデンのいいところ。
前にMikaelaと話していたときも、人はいつだってやりたいこと、学びたいことが変わるんだから、気軽にまたやり直せないのはおかしい、と言っていた。
何歳までにはこれをして、これをしてってライフプランをきちっと決めて、履歴書に間を空けないように緊迫して生きていくのって、しんどいよなあ。
病院はこんな感じ。


至って普通。
Leoは5ヶ月にして、体重8.3kgだった。日本人赤ちゃんのの5ヶ月平均は大体7.3kgらしいので、かなりのビックベイビーだ。
その後はシャワーロッドを探しにいったがどこにも見当たらず、セムラを食べて帰った。
セムラは、漫画ONE PIECEの中で、ビッグ・マムの食い煩いのきっかけになったスイーツ。
僕はスウェーデンに来るまで、「あのビッグ・マムが死ぬほど好きな、セムラっちゅう伝説のスイーツ」という認識だったので、実際にスウェーデンの伝統菓子として存在していることを知ってめちゃめちゃ衝撃だった。

ビッグ・マムのせいでハードルが上がりすぎていたので、それを越えてはこなかったが、普通に美味しくて好き。
帰宅し、お昼のゆったりタイム。
Leoは背中と首のトレーニング中。

MikaelaがLeoにおっぱいをあげながら急に「ヒャオゥッッッ!!」と悲鳴をあげたので、何かと思ったら、Leoに乳首を噛まれたらしい。
昨日の記事でこれを書いたばかりだったので、めちゃタイムリーすぎてすごい。
Leoは僕の指を握るとすぐに口に持っていくのだが(だからめちゃくちゃこまめに手洗いしている)、 5ヶ月の赤ちゃんってもうすでにこんなに噛む力強いんやなって初めて知った。
歯はまだないけど、しっかりがしがしと噛んでくる。
これまじで世のお母さんたちの乳首大丈夫なんかな、と勝手に心配したけど、赤ちゃんのせいで乳首取れた事件は聞いたことないので、とりあえず大丈夫そう。しらんけど。
〜田舎に泊まろう in Sweden〜 7日目 - 三日坊主の三年日記
ちなみに全然大丈夫そうじゃなかった。お大事に。
14時になったので、Stellaのお迎え。
帰ってきて、昨日に引き続きMikaelaがフェンスの修理をしている間に、僕はStellaと庭で外遊び。
庭は結構でこぼこしていて、Stellaはぽこぽここけまくっているんだけど、芝生は柔らかいので安心して何度も転べる。



ちなみに庭は鳥のふんだらけ。
保育園も公園も、平坦にせずにわざとでこぼこにしてるとこが多く、子どもが遊びながら足腰を鍛えられるのはすごくいいなと思う。





Mikaelaが庭のフェンスを修理しているのに興味を持ったStellaは、やりたい!と駆け寄った。
日本だと、1歳の子どもにトンカチと釘を渡す親はなかなかいないと思うが、MikaelaはStellaにトンカチの使い方を教えて、一緒に釘を打っていた。
子どもの「やりたい!」を「危ない」の一言で押さえつけるのではなく、自然な形で好奇心を育てていくの、とてもよい。

修理が終わって、夜ご飯。
今日は、前回の地獄炒飯のリベンジを果たすべく、オムライスにチャレンジ。
オムライスの説明をしたとき、Tobiasに「ケチャップとごはん?クレイジーなの?」と言われてしまったが、ぎゃふんと言わせてやろう。
と思いきや、またしてもへんてこオムライスが爆誕してしまった。

二人は塩をあほほどかけながら、味はいいよと言ってくれた。
Stellaも喜んでたし、リベンジ果たせたってことにしとこ。
いよいよ明日が丸一日過ごせる最後の日。プリキュア並みにたくさんハピネスチャージしよ。
それでは、God natt!
〜田舎に泊まろう in Sweden〜 7日目
God morgon!!
ケツの激痛とともに目が覚める朝。つらみ。

今日はTobiasの仕事が遅めのスタートだったので、彼がStellaをförskola(就学前学校)へ送る番。
förskolaは家から歩いて15分のところにあるのだが、今日はStellaの希望でバス登校。
衝撃的なことに、なんとバスのほうが時間がかかる。バスに乗る時間はわずか30秒。
慌ただしいはずの朝に、ここまでやる余裕はもはや感服。
というかむしろ、僕は「朝は慌ただしいもの」という観念にすっかり支配されていたけど、この家族は早起きをしてゆったりとした時間を確保しているため、子どものやりたい気持ちに寄り添うことができている。すばら。
Stellaが去ってから、リノベーションの続きに取り掛かった。
土曜日にTobiasのお父さんがきて、僕がオフを満喫している間にだいぶ作業を進めてくれていたので、僕はその後始末的な仕事をした。
今までは、ここにシャワールームを作るのよ、と言っていたMikaelaの言葉にしたがってただ黙々と言われた作業を進めていたが、今日、なぜここにシャワールームを作るのか聞いてみた。
すると、意外な答えが。
シャワールーム、ミニキッチン、トイレがついた個室を作り、家具を備え、Airbnb的なノリでゲストに貸し出して儲けようと計画しているんだと!
ドアも別なので、もう完全にこの家族との生活は独立させる予定らしく、こういうことをしている人たちはスウェーデンでは珍しくないんだとさ。なんだよわしが住みたいわ、、、。
自分の作業の先がイメージできると、俄然やる気も湧き、すこぶるはかどったところで次の仕事へ。庭にある鶏小屋の掃除とちょっとした建て替えだ。
僕が鶏たちの糞を取り除き、壁の汚れをごしごししている間、Mikaelaは木材を運び、のこぎりとスクリュードライバーを使いこなし小屋を増築していた。
僕が日本で働いていた冒険遊び場では、子どもたちがのこぎり、トンカチ、釘を使って木材を組み立てる遊びをしていたが、まさしくそれのリアル版。
(冒険遊び場はまじのまじのまじで素敵な場所なので、絶対にこれらを読んでほしい。子供がいる人は絶対に行って!!)
たくましく生きる術というか、身の回りの生活を自分で成り立たせていく術を完全に装備しているMikaela、まじでかっこいい。
ランチにパスタサラダを食べ(めちゃうま)、Mikaelaがシャワーを浴びる間にLeoの子守をした。
Leoは僕の指を握るとすぐに口に持っていくのだが(だからめちゃくちゃこまめに手洗いしている)、 5ヶ月の赤ちゃんってもうすでにこんなに噛む力強いんやなって初めて知った。歯はまだないけど、しっかりがしがしと噛んでくる。
これまじで世のお母さんたちの乳首大丈夫なんかな、と勝手に心配したけど、赤ちゃんのせいで乳首取れた事件は聞いたことないので、とりあえず大丈夫そう。しらんけど。
それからStellaを迎えに行って、食料品のお買い物。
何度も言うけど、小さい子ども二人連れてどこかに行くのはまじくそ大変。本当に、想像の3億倍は大変。
というか、外出しなくとも、家に一緒にいるだけでまじで大変。機嫌はころころ変わるし、何をするかわからないから目が離せない。
仕事に行ってるパパたちは、子どもと家にいるママたちがただ楽をして休んでいると思ったら大大大間違いだから、一旦育休を取りなはれ、まじで。
今日はというと、買い物中にStellaがおしっこしたいと言い出し、急いでスーパーの中のトイレを探して行ったものの、そこが詰まっていて使えず、店員に頼んで従業員用のトイレを使わせてもらった。にもかかわらず、おしっこ出ずという骨折り損。
出したくても出なかったStellaはご機嫌ななめでぐずぐずしっぱなしだったのだが、突如Mikaelaが陳列してあったバナナをおもむろに剥き始め、Stellaに渡した。
何事?!と思って聞いてみると、親が買い物をスムーズにするために、子どもがぐずっているときはフルーツをただであげていいのだそう。おったまげ。
ここのスーパーで許されていることなのか、スウェーデンで許されていることなのかはわからないが、どこまで子育てに優しいのだ、、、と感動を隠しきれなかった。
なお、Stellaはばっちり機嫌を取り戻した。バナナ、あっぱれ。
帰宅すると、またも事件発生。
フェンスが崩壊していて、庭に放していた鶏たちの大脱走が始まっていたのだ、、!
ただでさえくたびれているというのに、脱走した鶏を全力で追いかけるMikaela。
バナナの効果が切れ、ぐずぐず泣きのStella。
おっぱいがほしくて、おぎゃおぎゃ泣きのLeo。
ついでに昨日のスノボで悲鳴を上げている真っ青な僕の尻。
しばらくカオスな状況が続いたが、なんとか終幕。
Mikaelaは鶏小屋リノベーションの続きに取りかかり、僕はその間Leoの子守をしながらStellaと庭で遊んだ。
Stellaと鶏たちは、大の仲良し。
Stellaが走れば、鶏たちがあとをひょこひょこついていく。
Stellaが砂の山を作れば、すかさず鶏がそれを破壊する。
Stellaはやめて!と叫び鶏をばしっと叩く。
Stellaが庭に寝転べば、その上に鶏が乗ってくる。
Stellaは腹の底から笑い、僕も一緒に大笑いする。
鶏たちが餌を食べるときは、Stellaも一緒に餌を食べようとする。
かと思いきや、握りしめた餌を鶏たちに投げつける。鶏、逃げる。節分かよ。
その様子は、もはや人間と鶏ではなく、種族を超越した「友達」そのもの。共生とはまさにこのことだなと。こんな子が、健やかに育たないわけがない。
思う存分大声で笑ったり叫んだりできるこの環境も、泥だらけになっても怒らない親の存在も、一緒に住む犬も鶏も、こうやってここにいる部外者の僕の存在も、全てがStellaの命に吹き込まれ、豊かに育っていくのだろう。
LeoとStella、二人を見ていると、子どもは各ステージごとにまったく違った愛おしさがあるなあと改めて思わされる。
彼らは驚くべきスピードで成長していくので、今の彼らと過ごせるのは、本当に、この一瞬しかない。
Leoはもうしばらくするとはいはいをし始め、歩き出し、言葉を話し始めるだろう。
Stellaは話せる言葉、自分だけでできることがどんどん増えていくだろう。
そんな刹那的なこの瞬間をこの子たちと過ごせている奇跡を本当に幸せに思った、なんでもない日の午後だった。
(Stellaが鶏に囲まれる姿を撮れなかったのがまじで心残り、、!)
夕食は、ワッフル!

Stellaは、最初は自分の椅子、次はパパの膝の上、ママの膝の上、僕の膝の上、と座る場所を変えながら食べるのが通常運伝。
そのサイクルに加わることができて嬉しい〜〜。もうこれは仲良くなったと言ってよさそうじゃないか?!!f√√√√ッッッッッッJっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっjfっっxっっっっっっbんんんんnjpぉあs、kっっlっsかあああああああっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっCっっっっっkっっっっっっっっっっさああああああlkdlっっっっっっjkっっdkっっっっっdっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっk、っっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっdgh・_______g
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こうしてStellaが突如乱入するのももはや慣れたもので、仲良しの証拠と言っても過言ではなさそうだ。
Stellaは食べるときも自由だが、おしっこやうんちの仕方も自由。
ちゃんとトイレでするときもあれば、専用のおまるにまたがって、ご飯を食べながら、テレビを見ながら、こちらを見ながら、いろんなシチュエーションで放出している。(もちろんそのあとは手を洗っている。)
彼女の意思を最大限尊重し、彼女が一番気持ちいい形で排泄ができることがベストだと語るMikaela、本当に素敵。
僕もサハラ砂漠でした立ちション、まじで気持ちよかったなあ。
てなわけで、今日も長くなったけどこれでおしまい。
Colaが僕のベッドで寝ているのも通常運転。

この日々があと3日で終わりなんて信じがたい、、。
噛み締めていこう。それでは、God natt!