三日坊主の三年日記

人生を、おもしろく

牛丼とビールとお掃除女

牛丼屋で、女が牛を食らっている。

目の前にはビール。

なぜかそのビールは、まだ一度も手をつけられていない。

 

女は牛をむさぼる。

ビールの泡は、とうに消え去っている。

 

女が牛を食らい終わる。

そこで初めて、女はビールを喉に流し込む。

 

いやいやいや。順番が逆だろうよ、と僕は心の中でツッコむ。

え、貴女は美味いものを一番最後にいただくタイプですか?

行為の終了後に前戯をするタイプですか?それはもうただのお掃除です。

 

こんなどうでもいいことを考えながら、僕は僕の牛をむさぼる。

むさぼりながら、このことをブログに書こう、と思い立つ。

構成を練る。

携帯の電源を切らしていたのでメモができず、家までの道のりで他のことを考えないように努める。

僕の頭の中は、お掃除女のみ。

 

くだらないことを忘れないように忘れないようにと反芻しながら、もっと他に忘れないようにしたほうがいいことがあるだろうが、ともう一人の自分が言う。

 

たしかにそうだ。

繰り返される日々の中で、僕は忘れたくない出来事に出会う。忘れたくない感情に出会う。忘れたくない人に出会う。

 

しかし悲しいことに、人は忘れる生き物である。

無論、僕は人であるため、忘れる生き物である。虚しいほどに多くのことを忘れていく。

きっとこのお掃除女のことなんて、明日には忘れているだろう。

 

僕が本当に忘れたくない出来事はなんだろう。

本当に忘れたくない感情はなんだろう。

本当に忘れたくない人は誰だろう。

 

瀧くんにとっての三葉のように。

三葉にとっての瀧くんのように。

 

忘れたくないものを忘れないためには、努力が必要である。

こうして問いかけ続けることが必要である。

 

反対に、忘れたいものほど忘れないものである。

 

あのとき、絶対に忘れないぞと誓った気持ちも。

あのとき、忘れたいほどに恥をかいた過ちも。

 

すぐに忘れてしまう。絶対に忘れない。

 

ふと、自分はどうだろう、と思う。

 

僕は、誰かにとって、忘れない人でいるのだろうか。

僕は、誰かにとって、忘れたい人でいるのだろうか。

 

 

今日も何かを忘れていく。今日も誰かが僕を忘れていく。そんな日々の中で。

 

僕は、僕が忘れたくない人にとって、忘れられない人でいたい。

忘れそうになる大切なものを、思い出し続けられる人でいたい。

 

 

「忘」という漢字がゲシュタルト崩壊してきたところで、この話はおわりにしよう。

7月の夜の雨は、まだ冷たい。