三日坊主の三年日記

人生を、おもしろく

にっぽん、茶茶茶

 

ワールドカップ男子バレーが盛り上がっています。僕は毎度毎度泣きながら応援しているのですが、こんなにも強い日本男子バレーが見られる日が来たことがもう、感激の大嵐でございます。尊い。ハイパー尊い。これを機にバレーがより一層注目されると嬉しい限りでございます。

 

 

こちらスウェーデンはだいぶ寒くなってまいりました。凍え死にそうです。

普通のコートは高くて買えないので、セカンドハンドショップを転々とする日々です。どこもサイズがスウェーデン仕様で、肩幅と袖がぶかぶかすぎるのです。

しかしついに、安くていい感じのサイズのコートに出会うことができました。僕と同じくらいチビの貴重なスウェーデン人、ありがとう。

 

 

 

それはそうと、先日ルーマニア人と南アフリカ人の友達と3人で遊びました。前回の記事が少し暗かったので、今日は明るい話をしようかな。

 

そのルーマニア人の彼と初めて会った時に、お茶がすきで、日本に行ったことがあるという話をしてくれました。

そこで、後日彼の家でお茶をいただくことになったのです。

 

お茶か〜〜申し訳ないけどお酒の方が嬉しいな〜〜〜くらいのテンションでお邪魔した僕が馬鹿でした。

 

 

 

 

f:id:pyonsu:20191015065549j:plain

本格的すぎて絶句。

 

彼のお茶への愛は、僕の想像の遥か先を行っていました。高尾山くらいのハイキングかなと思って集合したら、まさかのキリマンジャロ登山かよ、くらいのレベルです。

それはそれはもう、愛でした。あふれんばかりの愛でした。これを人は愛と呼ぶのだなと思いました。僕はいまだかつて、こんなにもお茶を愛してやまない人物に出会ったことがありません。というか、何か一つをここまで愛している人に出会ったことがあまりなかった僕にとっては、それはもう感動の嵐でした。手土産にインスタント味噌汁を持って行ったのが恥ずかしすぎて窓から投げ捨てようかと思いました。

 

彼はお茶を愛しすぎるあまり、京都や中国に出向き、そこで玉露や珍しい茶葉や急須やらを手に入れたそうです。

そして、お茶の歴史や、茶葉の説明、淹れ方のコツ、どういうふうに茶葉がひらいていくのか、なぜこの順番でこんな淹れ方をするのか、そのセオリーまでも語ってくれました。

お茶自体はそれほど高くなく、一人の時間をハッピーに過ごすにはもってこいの趣味なんだよ、と。

 

お茶を淹れながらお茶の話をする彼の顔は、本当に本当に幸せそうで、それはそれはもう眩しくて直視できませんでした。ちなみにお茶は、めっ茶く茶おいしかったです。

 

f:id:pyonsu:20191015070907j:plain

コップの底についた水を拭き取るためだけに存在する布。

 

 

 

さて、なぜ僕がこの話をしたかというと、ちょうど1年ほど前に書いたこの記事を思い出したからです。(1年前とか衝撃すぎる、まじか。時間ジェットコースターかよ)

 

pyonsu.hatenablog.com

 

簡単にいうと、スウェーデン人の友人が、コーヒーをこよなく愛していて、コーヒーを飲みながら彼と過ごす時間が楽しすぎたよという話です。

 

 

この友人のように、自分に今までなかった価値観を教えてくれたり、刺激や楽しさを提供できる人って素敵だなあと思う。

 

そんな人になりたいと思いながらも、自分は頭がよくないし高尚な趣味もオタク的な何かもない、とまた卑屈になりかける。

卑屈たっぷり、おいしいコーヒー - 三日坊主の三年日記

 

 

まっっっっっっっっっっったくもって同じことを思いました。お茶愛しすぎマンが振舞ってくれたお茶を飲みながら、彼のお茶への愛を全身に浴びるあの時間が、とてつもなく楽しくて愛おしかった。まさかスウェーデンに来て、日本人より日本茶を愛するルーマニア人に日本茶をごちそうになるとは思いもしませんでしたが。

何かへの造詣が深い人と同じ時を過ごすのは、本当に楽しいんだなと改めて思いました。そして、1年前コーヒーを振舞ってくれたスウェーデン人の友人と同様に、彼は一人の時間を最大限に楽しみ、落ち着き、幸せを感じる術を知っていました。自分の人生を豊かにするには、自分以外の誰かとの関わりを増やしたり深めたりすることだけではなく、自分自身の中に深く潜っていくことも大切なんだなと。

それで自分も誰かもハッピーになるって、すごいよなあ。

 

 

唯一去年と違ったことは、そんなインスパイアされるような人に出会って、自己嫌悪になったり卑屈に思ったりしなくなったことでした。この人はこんなにもおもしろい趣味を持っていて、人を幸せにできる人なんだ、なのに自分は、、、、、、、みたいなことを思わなくなったなあ。

なぜかはわからないけれど、別にその人はその人で、自分は自分だといつまにか思えるようになっていた。

これは自分的には大きな変化で、わりかしびっくり。

 

でも単純に、やっぱり何か一つに情熱を持っていることは人生をより色づかせてくれると思うので、これだ!と思うものがいつか見つかればいいなと思います。焦らず焦らず。

 

そんなこんなで、僕は悩みながらも楽しく留学生活を送っているので、みなさんご心配なさらなずに!

また再会したときに笑いあえるよう、今は試練鍛錬の時ですな。

 

それでは今日はこのへんで。

Hej då!