最後の1週間、一度も日記を書けませんでしたね。。それまで頑張れてたので残念だけど、全部終わった今、振り返って残しておきます。
最後のフィリピンでの土日は、友人とマニラに遊びに行きました。2週連続でのマニラでした。めちゃめちゃ楽しかった!
マニラは、急速に発展しすぎたせいで貧富が入り混じっている、まさに「カオス」という言葉がお似合いの街でした。
日本はもちろん、外国資本の企業やお店がたくさん入ってきて、そのおかげで雇用も生まれて生きていけるようになった人もいるだろうし、一方で生きづらくなってしまった人もいるだろうし、なんともいえない気持ちです。
ビジネスチャンスはたくさんあるだろうけど、そこで暮らす人たちが幸せなのが一番だよなあなどと思いました。
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僕が通っていた学校は、ネイティブの先生が毎週変わるのですが、最終週の先生はめちゃくちゃしゃべる人で、ほとんど話が聞き取れなかった。にも関わらず激おしゃべりな人で一生しゃべってこられるからつらかったですね。
しかも、ジョブインタビューの話題になったときに、やってみてと言われて全然答えられずかなり情けない気持ちになりました。日本語でもまともに答えられないのに、英語でもこたえられるわけないよな。自分を伝えること、できないわけではない、でも何を伝えたらいいのかわからない、何を持っているのかわからない。英語うんぬんの前に、僕が乗り越えなければいけない壁です。最後にはビーコンフィデンスと言われました。自信もってと言われて持てるほど簡単なものじゃないよなあ。
最終日は、お世話になったいろんな先生と写真撮りまくりました。
個性豊かで自由で、いつも笑顔な先生たちのおかげで、1ヶ月やってこれたんだなと実感。また会いたいなあ。
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先生と話していて耳にしたのは、給料が毎月2万ペソ弱だということ。つまり日本円に換算すると、約4万円。フィリピンで生活していく分には十分な額だけれど、日本と比べるとやはりかなり安かった。
話してくれた先生は、新卒でIT企業にプログラマーとして就職して、今の倍の給料をもらっていたらしいんだけど、3か月で辞めたんだって。先輩があまりにも糞で、パソコンにも触らせてもらえず、毎日パシリとPSP。こんなことをするために生きているのではないと、会社を辞めていろいろあって先生になったのだそう。今は給料だけで比べると安いけど、今は心の底から幸せだと言えると。
仕事を探すのではなく、人生を探すんだよ、という言葉には、重みがあった。
その先生は、1ヶ月ぼくを教えてくれた中で気づいたことを教えてくれた。
1つ目は、ぼくが一度も疲れた顔をして授業に出なかったこと。
2つ目は、わからないことをそのままにしないで、いろんなことを聞いて学ぼうとする姿勢は素晴らしいねということ。全然意識していなかったけど、見ててくれて嬉しかったなあ。忘れないでいたいね。
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最終日は卒業式があった。通常では証書を受け取ってスピーチをして終わりなのだが、それではおもしろくないと思ったので、"A Whole New World"を歌おうと決めた。
先生を誘うと断られたので、仲良しのハウスキーパーに頼んで、当日の午後から練習を始めた(遅い)。
当然間に合うはずもなく、本番は歌詞も忘れぐだぐだ祭だったのだが、まあまあウケてよかった。
ただ決められたことをこなしていくよりも、プラスアルファでやりたいこととか、人を楽しませられるようなことを常にやっていけるような人でいたいですね。
英語のスピーチは、初めてで緊張しましたがなんとかできました。一応準備してはいたのだけど、ああいう場では覚えてきたことを思い出しながらつらつらというよりも、込み上げてきた感情や想い出を言葉にするほうがいいなと。面接も、本来はそうだよね。
準備はもちろん大切なんだけど、暗記をしていくものではなくて、自分の芯や気持ちに沿ってアレンジして伝えていく必要があるし、会話として楽しむ余裕がないと、暗記だとただ投げつけて終わってしまうからだめだよね。それを肌で感じられたのでよかったです。
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ここに来るまで、幾度か他国を旅して、英語を学びたい、話せたらどんなに楽しいんだろうなと思うことはあった。ただ、日本に戻って実行に移すことはなかった。
英語を勉強するしかない環境を求めて留学にいき、1ヶ月を終えた今思うことは、可能性は自分次第でいくらでも広げられるということ。感じても動いてこなかった自分。留学にいこうと決めた自分。フィリピンに飛び込み英語漬けの日々を送ったこと。英語で話すという恐怖心や恥じらいもなくなったこと。全部自分の選択の結果であって、これから日常に戻ってどう過ごしていくかも自分の選択なんだ。
英語の勉強でいうと、とにかく話すことが大事だなあと。自分の知っている範囲の表現で言ってみること。覚えたての単語や表現も使ってみること。使わない限り定着はしない。ある日突然話せるようになることなどないのだから、少しずつでも言葉を自分のものにしていくには、「使う」ことが一番だと思いました。ボキャブラリーや文法ももちろん大事だけど、それは頭の中にあるだけじゃ意味をなさなくて、瞬時にぱっと口から出るようになるまで使い倒すことだね。
お別れの日は、ハウスキーパーのエレナが朝食とおみやげ購入とお見送りの付き添いをしてくれました。この1ヶ月、おれはずっとこの人に支えられてきたんだなあと。たくさん話して笑って歌って、英語で話すということはこんなにも楽しいんだということを教えてくれた人。同時に、別に英語じゃなかったとしても、人といろんなことを話すのは楽しいんだということも。
英語で話すというのは、人と繋がる手段の一つでしかない。英語で話すことが楽しいのではなくて(まあそれも楽しいのだが)、人と価値観や文化の違い、共通点、趣味、夢、いろんなことをわかちあうことは本来とてつもなく素敵なことなんだと気づきました。
だからこそ、人間として生まれ言語を通して様々な人と繋がれるという本来の喜びをこれから先、さらに広げ深めていきたいと思えました。
バスと飛行機では、エレナにもらった手紙を読みながら大号泣。手紙を渡せなかったのは心残りですが、パーカーとペンをプレゼントしてきました。またいつか絶対にみんなに会いに行きたいな。
僕がいった留学先は、住み込みの先生がいて夜も英語でゲームをしてくれたりして気軽に話せる機会が多くてよかったのですが、日本資本の学校のためほぼほぼ日本人しかいませんでした。これはとても過ごしやすく、快適だったのだけど、英語しか話せない環境にいたほうが短期間でぐんと伸びるだろうなと思いました。それでもだいぶ英語脳に近づけた気がしている、夢も英語で見るようになったし。使わないと本当にすぐ忘れていくと思うので、毎日短い時間でも勉強を続けていこうと思います。
だらだらと書きましたが、総括としては、留学いってよかった!ってことです。迷ったら動いてみることが大事だね。感じたことを振り返って、日常を変えていくんだ!おつかれ自分、そしてこれからだぞ、自分!